「Vivliostyle ユーザーと開発者の集い 2021春」で、「Vivliostyle.js (Core)における CSS Paged Media の実装」の話をしました。その中で「CSS 組版に必要な CSS 仕様は?」として、「Web ブラウザで標準で使える基本的な CSS 仕様」と「ページメディア用の CSS 仕様」の両方をあげました。前者については MDNのCSS入門 など学習するための材料が豊富ですが、後者(ページメディア用の CSS 仕様)については、それほど知られていないというのが現状でしょう。そこでこの記事で、ページメディア用 CSS 仕様の入門のための情報をまとめることにします。
ページメディア(paged media: 紙の本や PDF のようにページ概念のあるメディア)のための CSS 仕様は、ほかの CSS 仕様と同じくW3C (World Wide Web Consortium)で標準化が進められているものです。以下の仕様があります:
これらの仕様で「W3C Working Draft」とあるものは、まだ未完成のドラフト仕様です。ページメディア用 CSS の基本仕様 CSS Paged Media Module Level 3 も Working Draft 状態であり未完成なのですが、この仕様は 2004 年にほぼ完成した仕様といえる Candidate Recommendation(勧告候補)まで進んだあとに Working Draft に戻されて今にいたっているので、かなり前からほぼ完成しているともみなせます。そして Vivliostyle を含むいくつもの CSS 組版エンジンは共通してこの仕様を実装しているので、CSS Paged Media Module Level 3 は CSS 組版の業界標準仕様といえます。
Vivliostyle プロジェクトのスタートは 2014 年ですが、その当時、すでに先行している CSS 組版エンジンは世界にいくつかあり、有名な出版社で本格的に利用されている事例も公開されていました。
上記アシェット社の事例(CSS 組版エンジン Prince を使用)についての参考記事によると、この記事が書かれた 2017 年 2 月の時点ですでに 7 年間 HTML+CSS で本を作っていたということなので、2010 年ごろには CSS 組版は実用化されていたといえます。
アンテナハウス社の組版エンジン AH Formatter(私がかつて開発に携わっていた)で CSS 組版をサポートしたのは 2009 年です。AH Formatter での CSS 組版によって、縦書きやルビや約物の処理など日本語組版に必要な機能も実現されていました。
Prince や AH Formatter は、本格的な商業出版にも利用できる実用的な組版エンジンですが、これらはオープンソースではなく商用ソフトウェアであり、個人が気軽に使えるようなものではありません。また、その当時もWeasyPrintというオープンソースで開発されている CSS 組版エンジンはありましたが、サポートされている CSS 機能は限られていました(ただし現在ではだいぶ開発が進んでいるようです)。
そこで、オープンソースで、だれでも使える Web ブラウザベースで動く新しい CSS 組版エンジンを作ることで、もっと CSS 組版を普及させられるはずだと考えて、Vivliostyle プロジェクトをスタートしたのでした。
非オープンソース・商用 CSS 組版エンジンでは次の3つが有名です:
これらはどれも独自開発された本格的な組版エンジンであり、PDF 生成については PDF/A、PDF/X、PDF/UA の各 PDF 規格をサポートし、プロフェッショナルなニーズに対応するものです。
オープンソースの CSS 組版エンジンとして、Vivliostyle 以外に次の2つが有名です:
後発である Paged.js が実現しようとしていることは Vivliostyle と似ています。2018 年に Vivliostyle プロジェクトは今の形で再始動したのですが、その前は開発が停滞して CSS Paged Media の実装も中途半端で止まっていたために、新たなオープンソース・プロジェクトが必要だと考えた人たちが立ち上げたのが Paged.js です。その後 Vivliostyle もコミュニティベースでの開発を進めることができているので、互いによい競争相手といえます。
「Vivliostyle ユーザーと開発者の集い 2021春」での Andreas Zettl 氏の講演「Introduction to the PrintCSS Playground and PrintCSS Cloud」で紹介されている PrintCSS.live など、複数の CSS 組版エンジンを比較するのに役に立つサイトがあります:
Vivliostyle 以外にも複数の CSS Paged Media 実装があるということは、ユーザーにとっても Vivliostyle にとってもメリットがあることです。
前項「Vivliostyle 以外にも複数の実装があることのメリット」のひとつとして「CSS 組版を学ぶ材料がそれだけいろいろある」をあげました。「PrintCSS」や「CSS Paged Media」を検索すると、Vivliostyle に限らない CSS 組版の情報がいろいろ見つかります。
CSS 組版についてのまとまった入門書として『CSS ページ組版入門』(アンテナハウス)があります。PDF 版もその CSS 組版ソースファイル(HTML+CSS などデータ) も公開されているので、それ自体が CSS 組版のサンプルとして参考になります。
この『CSS ページ組版入門』は「『AH Formatter』の CSS 組版機能をご利用いただくための解説書」として公開されているものですが、独自拡張の機能を除けば CSS Paged Media など CSS 仕様には基本的に共通なので、AH Formatter 以外での CSS 組版にも役に立つはずです。
ただし、CSS 組版エンジンによってサポートされている CSS 機能に違いがあるため、ある CSS 組版エンジン用のサンプルが別の CSS 組版エンジンで組版したとき期待通りの結果にならないということはあります。
Vivliostyle での CSS 組版の機能を使いこなすためには、Vivliostyle が現状でどのような CSS の機能をサポートしているか把握することが必要です。そのための Vivliostyle のドキュメントとして「サポートする CSS 機能」を参照してください。
このドキュメントは Vivliostyle で利用できるすべての CSS 機能をリストアップしたものですが、少し分かりにくいかもしれません。そこで以下に、ページメディア用 CSS 仕様に限って、サポート状況を簡潔にまとめます。
この「サポート状況」での「ほぼフルサポート」は、定義されている CSS プロパティをすべてサポートしているが細かな動作に問題が残っていることを意味します。
Vivliostyle での CSS サポートでの問題点や要望は Vivliostyle.js の GitHub issues にいろいろと登録されています。登録されていない問題に気がついた方は、ぜひ issue 登録などで報告お願いします。