デジタル化の本質は
“お客さんを知る”こと

トップランナーCDOに聞く「デジタル化推進」の勘所

島田 薙彦/2018.8.10

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 組織のデジタル変革を経営の視点で推進する役割を担うCDO(Chief Digital OfficerまたはChief Data Officer)。世界的に見るとこの肩書きを持つ人はこの数年でかなり増えたが、国内ではまだなじみが薄い。

 CDOがどのような役割を担い、どのような働きをしているのか。実際のCDOに直接お話をしていただくのが一番だ。今回は、エンターテインメント企業LDH Japanの執行役員CDOである長瀬次英さんにお話をうかがった。

 同氏は20188月、つまりインタビューの直前に転職されたばかり。それまでは、化粧品メーカーの日本ロレアルでCDOを務めていた。2015年にデジタル戦略統括責任者/チーフデジタルオフィサー(CDO)として同社に入社し、「日本で最初のCDO」と言われている。トップランナーのCDOとしてこれまで取り組んだこと、デジタル化の推進に必要なこと、今回転職した理由などをお聞きした。

 聞き手は、デジタル分野における経営陣コミュニティ「CDO Club Japan」理事の鍋島 勢理さん。長瀬氏は、CDO Club Japanが表彰する「Japan CDO of The Year 2017」の受賞者でもある。

デジタル化によって価値を創造するのがCDO

――長瀬さんは、CDOという役割をどのように捉えていますか。

長瀬次英氏(以下敬称略) ひとことで言うとデジタル化の旗振り役です。eコマースを伸ばすとか、Webサイトをどうするかとか、ソーシャルを盛り上げるとか、そういうことだけではなく、その企業のビジネスのすべてにおいてデジタル化を促す役割だと考えています。なので、スコープはほぼCEO(最高経営責任者)と同じで、ビジネスを俯瞰しているポジションだと考えています。

 どのツールを入れるとかはどうでもいい話で、デジタル化を促進する中でいかに価値を創造していくかが重要だと思います。

――前職(日本ロレアル)では29カ月ぐらいCDOを務められましたが、どういったことに取り組まれましたか。

長瀬 一番大きいのは、「デジタルってどういうことなのか」という考え方を社内に広めた、ということでしょう。デジタル化とは、単にツールを入れるとか、eコマースのコンバージョンレートを上げるとか、フォロワーが増えるとか、そういうことではないということを示しました。

 簡単な言葉で「お客さんを知ること、というのがデジタル」ですよと。お客さんを知ればビジネスがもっと楽になるし、効率がよくなる。お客さんを知ってから明確なアクションをとれることがデジタル化の本来の意味合いでしょう。

 お客さまに近づきたい、より知りたい、知ってもらいたい、会社やブランドを愛してもらいたい、ということが根本にあって、そのためにはまずお客さまを知らなければならない。そのためのツールとしてテクノロジーを使うという考え方です。

 相手が何を欲しているか。そういうのを知ったうえでビジネスをやる方が全然やりやすい。それを具体的な形で、相手を理解するというところにデジタルの意味合いがあると思います。

大事なのは「お客さんのことを知ること」

長瀬 これまでロレアルは製品ドリブン、ブランドドリブンな会社でした。でも「製品がいいから買ってください」はもう機能しません。

 ほかの業界ではお客さんのことを知ったうえでビジネスをしようとしています。そうするとお客さんには「ああ、この人たちは私のことを理解してくれている」というエンゲージメントができていきます。このようなコンシューマドリブンなビジネスと、製品ドリブンなビジネスでは、デジタルの世界ではすぐに差がついてしまいます。このことがわかっていないと危ういということが個人的にはわかっていたので、ロレアルにおいて最初にしたことは、その考え方を浸透させることでした。

 そのために必要なツールを入れたり、デジタルマーケティング戦略的に機能しそうなものをどんどん取り入れたりしました。それで結果を出すと、社内もだんだんとそれがわかってきました。

 具体的にはSprinklrのようなソーシャルリスニングツールを使って、より消費者のことを知る、ということをやりましたし、DOMOさんのダッシュボードを取り入れて社内でのビジネスの状況をわかりやすくしたりしました。

長瀬 次英氏 1976年京都生まれ、中央大学卒。インスタグラム日本事業責任者、日本ロレアルのCDOを経て、現在は株式会社LDH JAPANにてチーフ・デジタル・オフィサーを担い、組織とビジネス全体のデジタルアクセレレーションを推進している。2018年1月に「Japan CDO of The Year 2017」を受賞。フォーブス・ジャパン(201712月号)において「カリスマCxO」の一人として特集される。

 それって、さっき言った「バリュークリエーション(価値の創造)」なんですね。ツールを導入することによってもたらされるベネフィットを最大にする。製品の成分を変えたから価値が上がるのではなくて、お客さんや社内の人間が何を求めているかを知って、それに対してサービスを提供していくことで本当の価値が出てくる。そういうようにビジネススタイルを変えていったのが、ロレアルのCDOとして一番大きかったところです。みんなもそのように肌で感じてくれたようです。

 私が以前インスタグラムにいたから、ソーシャルに強いから、CDOになったのではないんです。デジタルの世界におけるビジネスのやり方を知っている、社内にその考えを広めてくれ、ということが大きな会社の期待でもありました。

2年で社内に浸透した

長瀬 最初はやはり社内向けの教育が多かったです。ツールなどを入れて見やすくして、お客さんのことをわかってもらう。わかった以上、アクションは明確に決められる。お客さまとの距離を縮めてエンゲージメントを高くして、結果的に買ってもらう。こういうことを実感してもらったのが2年目ぐらいです。

 そこまでできれば、ビジネスをやっていく土台はほぼできていると思ったことが、次のステップ(企業)に進んでもいいかな、と考えた理由の一つではあります。

――そうなるにはやはり2年ぐらいかかる、ということでしょうか

長瀬 想定より早かったと思っています。ロレアルはさまざまなものを抱えた大企業で、しかも常に成功して伸びています。デジタルという言葉が出てくる前から今までのマーケティングで上手く伸ばせてきた、そんな会社のマインドセットを2年で変えた、というところは大きいのではないかと思います。

――逆に、もうちょっとここをできたかもしれないと感じたことはありますか。

長瀬 ロレアルだけならいいんですが、パートナーさん、サロンビジネスだとサロンさん、代理店さん、コンシューマグッズだとドラッグストアさん、卸さんとかが関わってきます。彼らのデジタル化というのも重要なんです。ロレアルだけが進んでもしょうがない。そういった人たちと一緒に動くということがもっとできたらよかったんじゃないかなと思います。

 実はサロンさんを集めてとか、百貨店と一緒にとかでセミナーをやったりもしました。業界全体を見据えてデジタル化を推進していくためにはパワーが必要ですし、ロレアルという看板があるからこそできること。だから、影響力のある大きな会社にどんどんCDOを設置してもらって、そこからマーケット全体を盛り上げていくということをやらないといけないと思います。

好かれないと聞く耳を持たれない

――CDOにとって必要なスキルや考え方とはどのようなものでしょうか。

長瀬 CDOをやっていて痛感したのは、「好かれる」ということだと思います。なぜかというと、デジタル化は社員全員が関わるからです。営業にもサプライチェーンにもコールセンターにも、好かれていないと聞く耳を持たれないんです。そうでないと説明する機会も与えられない。

 デジタルとは何かを説教しにいくには人間関係が重要で、その人間性とは「好かれる」ということです。その人間性を持っているかどうかでだいぶ違うでしょう。

 まだ「要するにソーシャルでしょ」「私はFacebookしないし」「個人情報とかいやだな」とか感じる人はいっぱいいて、デジタルは敬遠されやすいので、垣根を下げるには人間力しかないと思います。

 それは社外に対しても同じです。お客さんのことを知ってビジネスをやっていこうとしたときには、パートナーの力を借りるしかないんです。GoogleさんとかFacebookさんとか、コスメでいえばアイスタイルさんとか、お客さんのことを知っている人たちとまずは仕事をするしかなくて、そういうときにどういうCDOが出ていくのかでだいぶ違うと思います。

 お客さんのことを知っているのはそのパートナーさんたちで、それを知ろうとしたらそのパートナーさんに近づくしかないんです。ロレアルもこれまではブランドパワーで売っていたけど、それでは売れなくなる。売るためにどうしなければいけないかといえば、パートナーさんから情報をもらうしかないわけです。

――好かれるためにはどうしたらいいでしょうか。

長瀬 ひたすら人に会うことです。CDOをやっていておそらく半分の時間は人に会っていたのではないでしょうか。

 もちろん相性の合わない人もいっぱいいますが、それは変えることができない。その見極めも含めてたくさん人に会って、相性の合う人、好いてくれる人をどれだけ増やすか。それは足を運ぶしかないです。SNSじゃ増えないです。

――医療向けガス製造会社のCDOだった人がパッケージ用機械メーカーのCDOになるとか、別の業種のCDOに移るという潮流は世界ではあるので、日本での転職経験CDO1号として長瀬さんの活躍を期待しています。今回エンターテインメント業界に移られて、どのようなことをやっていこうと考えられていますか。

長瀬 これまでと考え方は同じで、いかにファンのことがわかるか、が大事だと思います。LDHは普通のメーカーよりはファンのことを肌感覚としてちゃんと理解しています。ステージから見ると客層の傾向は見て取れますし。それとチケットの販売状況を見ながらビジネスをやっていく、ということで問題はないです。でも、よりビジネスを加速させたいときには、もっとお客さんをわかる必要があります。わかった方がビジネスをしやすいんです。

CDOがやっていることはどの業界でも同じ

 消費者を知ったりファンを知ったりすることで、もっといいサービスを提供できるはずです。どういう人たちがどういう期待感を持って会場に来ているかがわかれば、公演での曲順とか演出、ツアーの組み方も変わるかもしれません。そのほうが満足度がきっと高いんです。

 ビジネスを10倍大きくしようとしたらデジタルを無視する人はいないと思うんです。でも無視している企業は多い。そういう人たちがまだ日本のマーケットの大きな部分を占めている。そういう意味でもまだCDOは忍耐が必要かもしれません。

 ただ、変わってきているとは思います。そのとき、どうすればいいかわからないから、いまCDOをやっている人たちに聞いてみよう、という動きが出てきているのでしょう。そのお陰で私もいっぱいオファーのお声がけをいただいています。

 今回、転職したLDH Japanは若く、斬新でクリエイティブだし、ビジネスに勢いがある。だから何のためらいもなく「そういう人がいるなら雇おう」となる。そこが素晴らしいと思います。

 ではどんなCDOが必要なのか。私にオファーをいただくなかで、(その企業と)業態が違うというところを心配されることが多いです。「お客さまとの距離を短くできるCDO」が必要なはずなのに、採用する側がそう見ていない面があります。なので、そこから話をしないといけない。CDOってどこに行ってもやっていることは同じなんだというメッセージを出せればと思います。

 そして新しい職場ではタレント事業だけでなく、飲食、アパレル、学校、商品/グッズ、などなど幅広く手掛けているので、コスメのCDOからさらに他業種経験のあるCDOに深みを与えていきたいと思います。