「事業モデルの変革」が先、
「デジタル」はその次

ブリヂストンに学ぶ、デジタルイノベーションの進め方

島田 薙彦/2018.9.28

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ブリヂストン 執行役員CDOの三枝幸夫氏(左)と、CDO Club Japan代表理事の加茂純氏(右)

 AI、IoT、ビッグデータ、ロボティクスといったデジタルテクノロジーの劇的な進化と普及が、社会や産業の構造を変え、顧客と企業の関係を変えようとしている。これからの時代、日本企業がグローバル市場で競争優位性を保ち続けていくためには、自ら積極的にデジタルテクノロジーを取り入れ、ビジネスのあり方そのものを変革し、イノベーションにつなげていくことが不可欠だ。  

 JBpressは20181017日に、企業の経営者や役員、経営企画部門や事業開発部門の責任者の方々などを主な対象としたイベント「Digital & Innovation Forum 2018」を開催する。デジタル変革によるイノベーション創出のカギを握る有力企業のCDO(チーフ・デジタル・オフィサー)の方々を多数お招きするほか、テクノロジー企業やプロフェッショナルファームの方々による講演を交えながら、日本企業のデジタル変革とイノベーション創出について考察する。

 イベントの開催を前に、登壇者であるブリヂストンの執行役員CDO・デジタル担当兼デジタルソリューション本部長である三枝幸夫氏と、パネルディスカッションのモデレータを務めるCDO Club Japan代表理事加茂純氏に、大手企業が進めるデジタル変革のカギとなるCDOと、デジタルイノベーションを推進する部署のあり方について語ってもらった。

「全体をつないでいかないとダメだ」

加茂純氏(以下、敬称略) 三枝さんがCDOに就任されたのは2017年。この名称を使われたのは、国内企業ではかなり早い方でした。

三枝幸夫氏(以下、敬称略) 2015年頃に、これまでのいわゆる製造販売業から、価値を提供するソリューション事業者に変わるという、会社全体のポリシーが打ち出されましたが、これが大きなきっかけです。

 ものづくりを担当している方から見ると、注文に応じて製品を作ってもそれが見込み通りに販売されていかないことがある。反対に事業の最前線側から見ると、必要な製品を注文してもいつ手に入るかがはっきりしないことがある。そういった課題があって、これは全体をつないでいかないとダメだ、という意識ができてきていました。

 組織そのものとか、システムとかデータとかも機能ごとの縦割りになっている。それをつないでいかないといけない、というニーズがあったわけです。少なくともそういう考え方は、会社全体として広まっていました。

加茂 縦割りを脱出できないとか、頭でわかっても連携できないとか、その点で苦しんでいる会社が今でもいっぱいありますね。

三枝 これまでのように作って売る、というだけではなく、売ったあとのサービスまで提供しようとすると、きめ細かいサービスをしないといけないし、お客さまが何に困っているかを知らないといけない。そのためにはやはりデジタルが必要だ。でもそういうことをサポートしたり、会社全体を通して見たりする部署がない。というようなことから、デジタルソリューションセンターという部署ができ、私が責任者になってCDOを名乗ることになりました。
 

ブリヂストン 執行役員CDOの三枝幸夫氏 1985年株式会社ブリヂストンに入社し、工場企画管理部長、タイヤ生産システム開発本部長を歴任。2017年に執行役員CDO・デジタルソリューションセンター担当、20187月に執行役員CDO・デジタル担当に就任

加茂 すばらしいです。そこまで自然発生的に考えてデジタル化を進めたということは、あまり聞いたことがありません。

三枝 デジタルの流れが来たからデジタルをやらなきゃ、ということではありませんでした。

 そうではなく、事業モデルを、もっと川下まで取り込んだソリューション指向にしよう、と会社が舵を切ったことが最初にあります。ただ、ソリューション提供者になるためには、デジタルとかITのサポートがないととてもできません。なんとかしなければ、というところからデジタルソリューションセンターという組織が始まっているので、ヘルシーなモチベーションと言えるかもしれません。

加茂 デジタル対応の組織を作ってから「さてどうしよう」というところは、多分苦労されていると思います。結局垂直な組織は垂直のまま。日本の製造業はそこが課題になっている。御社がすごいのは、必要に迫られて自然に湧き出してきたところですね。

組織を作って「なにかやれ」では苦労する

三枝 いろんな会社にデジタル推進の部署が新しくできていて、そういう方とお話しするんですが、みなさんそういうところで苦労されている方が多いです。小さなデジタルイノベーション室を作って「なにかやれ」といっても難しいです。バリューチェーンの各機能それぞれに協力してもらわないことにはビジネスになりませんからね。

 われわれの部署は、何もなかったところにできたというわけではないんです。フィールドサービスをしているところでは、IT化を手掛けるような小さなグループがありましたし、ものづくり側ではデジタル化、スマート工場というようなものが進んでいました。ただ、それぞれのセクションで分散していたので、それを統合した形です。

加茂 それぞれの部門に、同じ問題意識のある人が生まれてきて、それがつながったということですね。

三枝 生産管理システムは、受注に対していかに効率よく作るか、というもので、これは必要だし大事なものです。でもマーケットから優先順位を決める、たとえば生産性が多少下がってもこれは早く出した方がいいならそれを優先するということも考えないといけない。バリューチェーン全体でどういう考え方をしたらいいのかという、上のレイヤーをわれわれの部署でやるというイメージです。

 われわれが最初にプライオリティを置いて実行したのは、今まで持っていなかったアフターセールスのサービス、「タイヤアズアサービス」と言えるようなモデルづくりです。

加茂 それでなぜ三枝さんがCDOになったんですか。CDOになる人ってどういうキャリアを経てきたのか、という点に興味があるのでお聞きしたいのですが。

三枝 ブリヂストンに勤めて30年以上になります。バックグラウンドが電子工学だったためか、工場の生産技術部門に配属されました。そのあと技術センターで新しい生産システムの開発に長いこと従事しました。その後2008年からは海外の新しい事業拠点、つまり工場を作るという仕事に携わりました。このときに事業側のこともだいぶ勉強させてもらいました。

 タイヤ工場を一つ作るには巨額な費用がかかりますし、いろいろな許認可が必要なので、完成までに数年かかります。そうすると当初の設計時と完成時でマーケットの状況が変わっていたりします。ちょうど「スマート工場」という言葉がはやってきた時期だったこともあり、もっとフレキシブルでリーンな生産システムを作る、というようなことをCDOになる前はやっていました。

 CDOというのはテクノロジー側もちゃんと理解していて、一方でビジネス側も理解しないとなかなかできません。たまたま、新しい事業拠点を作るという経験があって、事業面をある程度知っていたのがよかったかもしれません。

社内の人材がCDOになる利点

加茂 三枝さんはずっと社内にいらっしゃいましたが、CDOを社外から招へいする会社もありますね。

三枝 われわれのコアビジネスはタイヤですが、事業規模がかなり大きく、日々の生産活動を順調にやっています。そういう状況のなかで、新しいものに変えていこうとすると、ある程度組織の知識とか人脈とかがあった方がいいのかなと思うこともあります。

加茂 たしかに、デジタル化を進めようとしても、社内の各事業部門になかなか受け入れられなくて、どうしようと悩んでいるケースもありますね。デジタル化は、各部門が統一してやっていくかというところがキモなので、その必要性を理解し、それを引っ張っていくようなリーダーが必要でしょう。そういうお話を今度の「Digital & Innovation Forum 2018」でお話ししていただこうと思っています。

CDO Club Japan代表理事の加茂純氏

三枝 今度パネルディスカッションでご一緒する日揮の花田さんは、リーダーシップに関するお話がおもしろいです。絶対にウケますよ。

加茂 デジタルソリューション本部は何人ぐらい?

三枝 今は数十人程度です。各部門から集まった人と社外から入った人がいます。

加茂 外から入る人材というのはどういう人ですか? データサイエンティストのような専門的な人ですか。

三枝 今まで社内にはいなかったUX(ユーザーエクスペリエンス)とかデザインとかを担当するデベロッパー系の人が多いです。

 一方、データサイエンティストは非常にキーになる職種で、社内の人材を育成しようとしています。

 われわれが必要なデータ分析は、高度な分析技術よりも、ビジネスをよく理解していることの方が重要です。出てきた分析結果が実現可能な提案に結び付かなければいけませんから。たとえば天気のいい日にタイヤを作ったらいいものができる、と言われても実現できませんよね。そうではなく、温度と制御のバランスをとってこのパラメータで調整すればいい、というアルゴリズムを作るという発想ができる人でないといけません。結局、内部でそういう素養がある人を育てる方が近道だ、という考えにいきついたところです。

加茂 デジタルイノベーションにとって人材育成は、先ほどのリーダーシップと同じぐらい重要な課題です。それも「Digital & Innovation Forum 2018」のパネルディスカッションで詳しく語っていただこうと思います。

 イベント「Digital & Innovation Forum 2018」では、三枝氏が「データドリブンで加速するブリヂストンのビジネストランスフォーメーション」というテーマで、同社の取り組みをより詳細に紹介する。

 また、加茂氏がモデレータを務めるパネルディスカッションでは、三枝氏のほか、日揮 執行役員CDOデータインテリジェンス本部長兼人財・組織開発部長の花田琢也氏、日本航空 執行役員イノベーション推進本部長の西畑智博氏という、日本を代表するCDO 3名が、企業のデジタルビジネストランスフォーメーションを進めるうえで課題となる「リーダーシップ」、「組織文化」、「人材」について、各社がどのように解決しようとしているのかを議論する。

 さらに、レイヤーズ・コンサルティング、日本アイ・ビー・エム、Dropbox Japan、ソフトブレーンのテクノロジー企業各社が、イノベーションをデジタルでどう起こすかのヒントや実現方法を紹介する。

 イベントの詳細や申し込みはこちらhttp://jbpress.ismedia.jp/list/seminar/07)から。デジタル変革の実践者から、経営戦略や事業戦略の新たなアイデアを聴くことができる機会を活用していただきたい。