デジタルの担い手「CDO」が
企業の存亡を決する時代へ

CDOのグローバル組織「CDO Club Japan」加茂代表が語る(前編)

森川 直樹/2018.10.2

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CDO Clubの日本拠点を創設した加茂純氏

 デジタルを用いた変革=デジタルトランスフォーメーションの実現へ向け、大企業もベンチャー企業も奔走している。その激流の中、にわかに脚光を浴びている存在が「CDO=チーフ・デジタル(あるいはデータ)・オフィサー」だ。社長をCEOと呼び、技術担当役員をCTOと呼ぶことには慣れた日本だが、CDOには今も耳馴染みがないはず。一体どんな存在で、何を使命とするのか? 世界中のCDOを結び、交流の場を提供する「CDO Club」の日本拠点を創設した加茂純氏に話を聞いた。

マーケティングの大立者が
日本におけるデジタル組織の不在を憂う理由とは?

 加茂純氏の名は、IT業界でマーケティングに携わる人ならばご存じのはず。コンピューターテクノロジーがPCの普及を通じてようやく一般消費者の手にも届くようになった1990年代に、「インテル入ってる」のキャッチフレーズで社会を席巻。マイクロプロセッサー開発メーカーであるインテルが、一気に全世界を制覇していくきっかけとなった「Intel Inside」キャンペーンをグローバルにリードしたのが、当時電通に勤務していた加茂氏だった。

「もともと私は大学でコンピューターサイエンスを学んでいた技術系の人間。ITという言葉さえまだ流通していなかった1980年代でしたが、これらの技術によって世の中が間違いなく変わろうとしていることだけは分かっていました。だったら、その変化を大きな視点で捉えてみたいと考え、望みをかなえる場として広告代理店を選択したんです。ところが、学生時代の専攻とは関係なく営業部門に配属になり、大手食品メーカーや自動車メーカーの広告営業として社会人人生を始めることになりました(笑)。新人ですから、当然といえば当然ですが」

 ここまでならば、よくある話。だが、その後の行動が加茂氏の運命を変えた。自分にとって最大の興味対象であるIT領域とつながるために、インテルの日本法人を足しげく訪ねたり、まだ注目ベンチャー企業の1つでしかなかったマイクロソフトやアップルにもアプローチ。その地道な努力が、IT社会到来に向かう1990年代の劇的変化と結び付き、大きな成果へとつながった。

 その後、米国留学によって後のIT革命、ネット革命の旗手たちと交流を深め、電通USAではデジタルラボまで創設した加茂氏は、退職後、グーグルを生み出したマイケル・モリッツ氏、LinkedInを生み出したマーク・クワミ氏、フェイスブックを生み出したマーク・アンドリーセン氏らから投資を受け、シリコンバレーで起業を果たす。すでにこの時期にはデジタル技術のとりこになっていたと語る加茂氏だが、ネットバブルの崩壊などさまざまな外部環境の変化によって帰国。コンサルタントを経て、現在もCEOを務めるCMOワールドワイドを設立した。

「私が電通にいたころの日本のマーケティング現場は、デジタルはおろかITとも縁遠いアナログな世界でした。しかし、2000年代後半に入ってようやく変化が起き始めました。マーケティング領域にテクノロジーを投じることでROIが大幅に改善されることに気付いた事業会社の多くが、社内に有能なCMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)を置いて、新しい取り組みを成功させていったんです」

 日本コカ・コーラをはじめ、日本の大企業が数値による可視化とデータ分析に基づく現代流マーケティング手法を次々に導入して成果を上げた。そして、ビジネス界の話題をさらったこの潮流の中心にいたのがCMOワールドワイドであり、加茂氏だった。

 では、なぜ今、CDOの必要性を加茂氏が叫んでいるのかといえば、2010年代後半に入ってからのデジタル革命の波が起因しているのは間違いない。だが、事はそう単純でもないようだ。日本企業の多くにCxO、つまり何らかの領域のチーフ・オフィサーが誕生し、専門領域を通じて経営を改善していく動きは定着したが、これまでに登場してきたCxOとCDOとでは、根底の部分で違いがあるというのだ。

CMOならばマーケティング、CTOならば技術分野、CIOなら情報分野というように、既存のCxOは元から企業内に存在した領域・分野にコミットし、改善していくことをミッションとしています。ところが時代は驚くほどのスピードで変化して、デジタルという先進技術をすぐにでもビジネスに活用しなければ会社の存立さえ危うい、といえるような状況を生み出しました」

CMOCTOCIOを務める人たちは、もちろん情報や技術に精通していますが、AIやロボティックスやIoTといったデジタル分野に詳しいわけではありません。彼らの主なミッションは守りを固めることにあるんです。一方、経営トップは『既存のコア事業だけでは生き抜けなくなる未来』を察知して、一刻も早くイノベーションやトランスフォーメーションを実現しなければ、と危機感を募らせています。つまり、誰にとっても未知の存在であるデジタルを用いて、企業の存亡を決するようなゼロイチの変革を成し遂げる存在がどうしても必要ということ。攻めのミッションの担い手、それがCDOだと私は考えているのです」

 例えば昨今「新規事業開発部」といった名称の部門を新設する企業は少なくない。背景にあるのは、加茂氏が指摘した通り「既存コア事業の成長鈍化を補って余りあるほどの可能性を秘めた新ビジネス」の確立が急務だからだ。国内外を問わず有望なスタートアップ企業の買収に動くところもあれば、コラボレーションなどの協力関係を積極的に結ぶところ、異業種連合による畑違いの新規事業に巨額の投資を行うところもあり、「コネクテッド・インダストリーズ」「シェアリング・エコノミー」「オープンイノベーション」といった、外とつながることに重きを置く姿勢や手法を示す言葉がバズワードにもなっている。

「新しい技術を用い、新しいパートナーと共に、新しいビジネスを志向すれば、きっとイノベーションは実現する」という発想が、世の趨勢だ。しかし、加茂氏は特に大企業の内部に目を向けている。

「外部とのつながりが重要なのは間違いありません。けれども、何より大切なのは内部に新しい取り組みをリードしていける組織があるのかどうか。そして、誰も経験したことのない取り組みと向き合っていくこの組織をまとめられるだけの人物がいるのかどうかだと思います。CDOとは、単にデジタルに詳しい人をどこかから引っ張ってくればそれでよい、というような存在ではありません」

CDOが果たすべき4つのミッションとは

 ここで加茂氏に「CDOのミッション」を定義付けてもらった。主たる役割は以下の4つだという。

1)前例に囚われず、既存事業と一線を画すようなまったく新しいビジネスモデルを考え、その可能性を探る

2)現状の自社組織を俯瞰して捉え、必要に応じて各部門をヨコ串でつなぎ、変革への取り組みを全社レベルの課題にしていく

3)多様な先進技術領域を理解しながら、デジタルな取り組みに最適な人材を社内外から集めていく

4)デジタルカルチャーもしくはアジャイルカルチャーと呼ばれる、トライ&エラー容認のマインドセットやスピード感を体現し、これを社内に啓蒙していく

 CDOはデジタルのチーフ・オフィサーだが、だからといって特定技術の専門家を指すわけではないことがこれでわかるはず。事実、デジタル活用で先進する欧米のグローバル企業では、加茂氏が挙げた4条件を満たす人物がCDOを務め、成果につないでいるという。

 そして2016年ごろ、加茂氏の目にとまった組織が「CDO Club」だった。世界各国のCDOやその関係者たちが5000人以上も参画し、意見や情報、知見を交換しながら交流していく組織だ。デジタル活用が盛んな欧米などには地域拠点も生まれていたが、日本ではCDOというポジションさえ知られていない。「それでも強引なくらいに交渉をして、CDO Club Japan設立のために動いた」と加茂氏。その願いは翌2017年に結実した。

「日本がデジタル活用において周回遅れと言っても過言ではない状況にあることは、誰もが認めるところでしょう。でも、だからといって手をこまねいていたら、アジアの中心もシンガポールや中国へ持っていかれてしまう。どんなに遅れをとっていても、火が点けば絶対にキャッチアップできるのが日本だと私は信じていますので、CDO Club Japanは本来の機能であるCDO同士の交流の場を提供する一方で、CDOを生み出し、育てていくためのプラットフォームにしたいと思っているんです」

 だからこそ、粘り強い交渉で設立を勝ちとった加茂氏。ようやくデジタルによる変革への動きが企業間で活性化したこともあり、CDO Club Japanに参画したCDOは昨年まで5名しかいなかったのが、今では数十名にまで増えているという。気になるのは、そうした企業が何をしようとしていて、どんな課題を抱えているか。そして、これからCDOとなる人材に求められる事柄や行政などの動き。次回は、これらをテーマに語ってもらう。