ネスレ日本のCMOが実践する
デジタル変革
顧客の問題を解決するうえでデジタル化は不可欠
島田 薙彦/2018.10.9
組織のデジタル変革を経営の視点で推進する役割を担うCDO(Chief Digital Officer)。ネスレ日本では専務執行役員チーフ・マーケティング・オフィサー(CMO)の石橋昌文氏がCDOの役割も務めている。石橋さんに、マーケティングの責任者としてデジタル変革をどう捉え、どう実践しているかをうかがった。
聞き手は、デジタル分野における経営陣コミュニティ「CDO Club Japan」理事の鍋島 勢理さん。
各事業部と協働してマーケティングを実行
――御社の高岡浩三社長に、CDOの役割を果たしているのはどなたかとうかがったところ、石橋さんをご紹介いただきました。
私は「CDO」という肩書きは持っていないので、まず現在のCMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)としてどういう仕事をしているかのご説明から始めましょう。
私が本部長をしているマーケティング&コミュニケーションズ本部は、各事業部のマーケティング部門をサポートする機能に加え、コーポレートコミュニケーションと消費者コンタクトを担う部署があります。
コーヒーなどの飲料事業、チョコレートなどのコンフェクショナリー事業、Eコマース事業など、それぞれの事業部ごとにマーケティングは行っていますが、私は全社を横串で見て、サポートしたりリードしたりします。従来のマーケティングでは、テレビコマーシャルを作って、消費者キャンペーンを作って、最後にPRとデジタル施策を考える、という順序でした。それをプランニングの最初からPRとデジタルを含めた3点セットで企画をスタートしましょう、と数年前から話をしており、その取り組みはかなり進んできました。
事業部ごとに行うマーケティングも必要なのですが、カバーする範囲がかなり広く、メディアプランの作成、リサーチ、コンシュマーコンタクトまで全部一人ではできない。私の部署にはマーケティングの周辺部分をサポートするプロが揃っているので、彼らが各事業部のメンバーと協業しながら、施策を詰めて実行していきます。そういったマトリックスの構造をうまくワークさせるのが私の役割です。
――そうすると、マーケティングの観点からデジタルを見るということでしょうか。
CDO的な仕事は役割分担で
2010年にスタートしたEコマースのビジネスが大きくなってきたので、2015年にEコマース本部という部署ができて、専務執行役員のグンター・スピースがチーフ・Eコマース・オフィサー(CECO)という肩書きを持っています。Eコマースの事業部は彼の方でマネージしているので、彼もCDOと呼ぶことができるでしょう。
CDO的な仕事を私とスピースの2人がやっていて、役割分担しながらカバーしています。私はマーケティングの観点でデジタルをリードしていく、スピースはEコマースの観点でリードしていく。そこにコンフリクトはない。それぞれがその組織役割のなかでカバーすればいい。独立した人物をあてる必要は、現時点ではないと思います。将来は変えなければいけないかもしれませんが。
システムのセキュリティに関しては、ファイナンスのヘッドが責任を持っているので、広い意味でデジタルに絡むのは3人です。この3人は定期的にミーティングを行い、デジタルに関する問題を議論し、共有しながら進めていく体制をとっています。
ニーズベースで考えればよくて、マーケティングや消費者コミュニケーションの観点、Eコマースの観点、インフラやセキュリティの観点でそれぞれそれを管轄する人間がいればいいのでは、と思います。
21世紀はデジタル抜きに語れない
――業界におけるデジタルの潮流をどう捉えていますか。
業界というより、社会全体が変わってきています。20世紀末あたりからデジタル化がどんどん進んできて、デジタル抜きでマーケティングは語れません。
マーケティングとは顧客の問題解決だと、いつも言っています。飲料食品メーカーの視点では、20世紀はモノとサービスでその問題が解決できました。でも21世紀になるとモノとサービスだけでは問題解決が図れない。そこにデジタルが入ってきています。
たとえば、「ネスレ ウェルネス アンバサダー」の会員は、LINEで食事の写真を撮って送ると、AIが分析して食事のワンポイントアドバイスと栄養分析を受けられます。また、2016年にはコールセンターにAIシステムの「IBM Watson」を導入しました。サービスレベルを上げながらコストダウンを図るために、チャット機能を活用し、自動応答でお客様サポートを行っています。
2012年頃から、TwitterなどのSNSで消費者がどのようなことをつぶやいているのかをモニタリングする取り組みをスタートしました。2013年には、Twitterでつぶやいた人にコメントを返すことも始めましたが、消費財メーカーではかなり早い方だと思います。
たとえば「キットカットを食べておいしかった」というツイートをした人に、「ネスレの××です。このたびはキットカットをお買い上げいただいてありがとうございます。ぜひ楽しんでください」のようなコメントを返すわけです。逆に製品に問題があるようなネガティブなツイートに対しては、「こちらのフリーダイヤルへコンタクトください」というような形でオフライン化して、リスクを減らしています。
やろうと言い出したのはその部署のメンバーで、おそらくネスレグループの中では日本が一番早かったでしょう。こちらからコメントを返した方が、エンゲージメントが高まるのではないか。製品を通じての満足度だけでなく、顧客対応を通じて満足度を向上させることも大事なので、当社の製品を何らかの形で語っている人に対してコンタクトするのは大事なのではないかということです。
「デジタル化するしない」はとっくに終わっている
――社内でデジタル化を進めるうえでの課題はありますか?
社長の高岡も私も「21世紀はデジタル化なしでは顧客の問題解決ができない」と、社内外で繰り返し言っています。ですので、そういう認識は社内には浸透していると思います。デジタルをどう活用するのかというところが重要であって、「デジタル化するか、しないか」の議論はとっくに終わっています。
――そのようななかで、石橋さんはこれまでどのようなことをやってこられたのでしょうか。
私がこれまでやってきたことの中で大きなものは、オウンドメディア構築を含めたデジタル化の推進と、広告からPRへのシフトです。
以前、社内のブランドサイトは30以上ありました。「ネスカフェ」だけでもブランドごとにURLがあって、消費者のデータベースもそれぞれのサイトで連携していないという問題がありました。そこで、ブランドサイト全部を一つのコンシュマーサイトに集約し、「ネスレアミューズ」というオウンドメディアを作ったのです。YouTubeには「ネスレシアター」というショートムービーを格納する場所も作りました。
弊社の主力ブランドである「ネスカフェ」や「キットカット」の認知度は100%近くあります。そのビジネスを継続的に成長させるのに大事なことは、ロイヤリティやエンゲージメントを高めること。それは15秒や30秒のコマーシャルで認知を増やすことではない。それよりもブランドのコンセプトを入れ込んだムービーの方が可能性はあるな、と思ったので、そういった試みもやってきました。
多分そういうふうに消費者コミュニケーションのあり方も進化していくと思うのです。これまでのように、テレビ広告を打っておしまい、というコミュニケーションしかない時代は終わっていると思います。
広告におけるデジタルメディアの比率はずっと上がってきていて、2012年には1割程度だったのが、2017年で4割、2018年はもう5割を超えてしまっています。トラディショナルなメディアからデジタルへのシフトがかなり急速に進んでいます。
もう一つ、広告からPRへのシフトというのは、ニュースを発信することにより、企業からではなく、第三者から情報を消費者に伝えてもらうということです。PRへのシフトはかなりプッシュしてきましたが、ニュースづくりは大事ですね。その媒体としては、これまでトラディショナルなメディアが主体でしたが、最近はデジタルメディアへのアプローチも増えてきています。