パルコが仕掛ける
「店舗のデジタル化」が目指すもの
技術的に可能なものは積極的に実験していく
島田 薙彦/2018.10.15
ショッピングセンター運営などを行うパルコで「店舗のデジタル化」を推進するのが、同社執行役グループICT戦略室担当の林直孝氏だ。経営の視点で組織のデジタル変革を実践するCDO(Chief Digital Officer)の役割を担っている。IoT、ロボット、AIなど使い、パルコが仕掛けるさまざまなデジタル施策と、その背景にあるビジョンについて、林さんにうかがった。
聞き手は、デジタル分野における経営陣コミュニティ「CDO Club Japan」理事の鍋島勢理さん。
顧客コミュニケーション改革のプロジェクトからスタート
――まず林さんが担当されているグループICT戦略室、そして林さんご自身の役割をお教えください。
そのためには、これまでの経緯を追ってご説明した方がいいでしょう。
そもそもは2012年春にスタートした「WEB戦略プロジェクト」が最初と言えます。経営陣から、お客さまとのコミュニケーション手法が変わってきているのではないか、という指摘があったことがきっかけです。デジタルネイティブな人たちが部門横断で集まって、パルコに必要な顧客コミュニケーション改革の計画を年内にまとめました。
私はそのとき経営企画室にいて、そのプロジェクトの事務局役を担当していたんです。それで翌年にその計画を実行するための独立した組織「WEBコミュニケーション部」ができたときに部長に任命されました。
最初にやったのは店舗のWebサイトをスマホに最適化することでした。またWebサイトでのコミュニケーションをパルコのスタッフが主体でやるのではなく、テナントスタッフが自ら情報を発信できるプラットフォームとして、ショップブログを全店に展開しました。
実行スピードを重視し、当初は独立した組織として立ち上げました。ただ、テナントとのコミュニケーションを行うという点では、接客の研修などを行っているCS/顧客政策部という部署もありました。さらなる運営力向上のために2015年に2つの部門が統合され「WEB/マーケティング部」となりました。
2014年10月にパルコ公式スマートフォンアプリ「POCKET PARCO」をリリースしました。アプリユーザーは来店前にショップのブログを見て気に入った商品をクリップ(お気に入り登録)します。来店したときにアプリを開くと自動的に店にチェックインされ、アプリに登録しているクレジットカードかプリペイドカードで決済すると買い物の情報が記録されます。翌朝にポイントを付与するときには評価アンケート(レビュー)を付けています。このようにして、一人のお客さまの行動がアプリを通じて分析できるようになったんです。
――いわゆるIT部門とはどういう関係なのでしょうか。
攻めと守りのITを一緒に
「POCKET PARCO」をご利用いただくことでお客さまのデータが次第に蓄積されていきました。そのデータはものすごく大事なのですが、一方で基幹系システムが持っているデータと統合した方がもっと分析が進みます。そのため、IT部門である「IT推進室」と「WEB/マーケティング部」のシステム開発機能が統合され、2017年に現在の「グループICT戦略室」が新設されました。
――そうすると、現在はCDO(Chief Digital Officer)的な役割と、CIO(Chief Information Officer)的な役割の両方をお持ちなんですね。
そうですね。「データをどう使うか」ということが今重要ですが、攻めと守りのITが一緒になることで、データ統合・分析を進めやすくなりました。
――そのようなデジタル化の取り組みをされている中で、課題と考えられているのはどのようなことでしょうか。
大きな課題は、これまでお客さまの店舗内での行動把握が十分にできていなかったことです。
スマホアプリをお使いの方の分析は進みました。一方、そうでないお客さま(非ID顧客)の行動データはまだあまり把握できていません。ただ、IoT、ロボット、AIというテクノロジーが出てきたことにより、われわれも取り組む道筋ができてきました。
カメラとAIを使い店舗内の行動を把握
一つの例が、2017年11月にオープンした東京・上野の「PARCO_ya(パルコヤ)」での施策です。入店カウント用のカメラと、属性判定(性別、およその年代)をAIで分析するカメラをショップごとに導入いただいています。そのデータによって、どの時間帯にどういう属性のお客さんの入店が多かったかが分かります。
(*パルコの事例については「IoTカメラ、AI、スマホでテナントの集客を支援」http://
これが何を生むかというと、一つはテナントスタッフの皆さんの勤務シフトの最適化です。どのようにスタッフをアサインすると一番接客漏れがないのか。これまで勘と経験とカレンダーを見ながらやっていたことが、データに基づいてできるようになります。
もう一つは商品ディスプレイの改善。一番目立つ通路に面したところに並べる商品を、その時間帯で多くいる来店者の属性に応じてこまめに変えると成果が出やすいです。そういうオペレーションにデータが使えます。
カメラ画像の利活用はまだまだ新しい分野です。たとえば、お客さまではないテナントスタッフの行動は除かないと正しく判定できない、などいくつか課題があります。そういうのはやってみて、課題が出てきて、改善するという繰り返しをやり続ける必要があります。
――ロボットを使ったサービスもいろいろと試みられていますね。
これまで何種類ものロボットを使ってさまざまな実験をやっています。
実験することで気づきが得られる
ロボットによるご案内サービスを実施したとこで得た気づきで一番大きかったのは、有人のインフォメーションカウンターと比べ、ロボットはほとんどがトイレの場所など簡単な質問ですが問いかけをされることが多い、ということです。またロボットは営業時間のあいだ休みなく稼働できますので、ロボットが人の代わりになるというよりは、人が行うご案内では限りがある部分を、ロボットがフォローするのがいいということがわかりました。
ロボットはまだ実証実験を繰り返している段階で本格的な導入には少し時間がかかります。一方スマートスピーカーのAmazon Echoとタブレットサイネージをセットにしたものは、既存製品を活用してるのでスピード感をもって設置でき、音声と地図表示でご案内サービスを行います。これはすでに池袋PARCOと名古屋PARCOの一部フロアに設置しています。
スマートスピーカーを設置したあと、お客さまからご意見をいただきました。「トイレはどこですか」と聞いて大きな音量で「トイレはこちら」と言われるのはいかがなものか、という貴重なものでした。人のような気遣いはまだまだ難しく、「お探しの施設はこちらです」という表現にすぐ変更しました。お客さまからいただいたご意見で気づきを得て改善する。そういう繰り返しを日々やっています。
どのフロアに設置したスマートスピーカーがどの時間帯にどういう回答をしたかを記録しています。設置してある場所によってお客さまが聞きたいニーズが結構違うんです。こういうことをこまめにデータ化するのはいままで難しかったし、人手に頼らざるを得ませんでした。しかし、IoT、ロボットの時代になると、ちゃんと設計をすればこういうデータもお客様の理解に活かせるということです。
技術的に可能なものを実験していくことが大事
まだ実験段階だけど技術的には可能、というものはたくさんあります。サービスを設計していくときにこういうスモールスタートを重ねていくがものすごく大事です。こういうことを今後もやっていきます。
――最近は、Amazonのようなeコマースの事業者が、リアルの店舗を作るなどの動きを始めていますが、それはどう見られていますか。
eコマース事業者は顧客のデータと商品情報を持っていることが、われわれと比べたところの強みです。先ほどお話ししたように、われわれはこのようなデータをあまり把握できていませんでした。
しかし、われわれはまず店舗にいらっしゃるお客さまに満足してもらうことに集中すべきと考えています。どういうお客さまがいらっしゃって、何を求めていて、何がいまは足りていないのかを理解する。そしてそのデータに基づいてサービスを充実させるし、必要であればオンラインのサービスも付け加えていく。そういうふうに進めていくのがいいというのが、試行錯誤しながらやってきてわかってきました。
PARCOに来館されたお客さまのうち、実際にお買い物をされたお客さまは、全国の平均値でおよそ50%。お買い物につながらなかった半数のお客さまの購買意欲を高めるサービスを提供していきます。また、一つのショップが目的で来たお客さまが店内を歩いて、いままで知らなかったショップも見てもらって、お買い物をしていただく。このきっかけを創出することもものすごく大事な目標です。
PARCO店内で何十万点とある商品の中で、お客さまが本当にほしかったものに出会う。このような“マッチング率”を上げることはデジタルを使うことによって可能だ、というイメージはできています。技術もそろってきていますから、今後しっかりやっていきます。