アンディ・グローブは
なぜ創造的破壊者になれたのか

CDOのグローバル組織「CDO Club Japan」加茂代表が語る(後編)

森川 直樹/2018.10.18

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 世界中のCDO(Chief Digital Officer/最高デジタル責任者)を結び、交流の場を提供するネットワーク「CDO Club」。その日本における拠点である「CDO Club Japan」を立ち上げた加茂純代表に、CDOの役割・意義、日本における状況を聞くインタビューの模様をお届けしている。後編は、CDOに適した人物像、求められる資質からスタートする。

 前回の記事(「デジタルの担い手『CDO』が企業の存亡を決する時代へ」)で、加茂氏はCDOが担うべき4つの具体的な役割を示してくれた。おかげで「デジタルに詳しければよい」というものではないことはよく分かったが、むしろ分ったからこそ、どんな人材が最適なのかが見えにくくなったような気もしてくる。

「非常に責任重大な意思決定も問われますから、もはやトップマターのようにも感じられるでしょうけれども、CEO(最高経営責任者)自らがデジタルに関わる分野までコミットするのは現実的には不可能です。先進国である米国でも、『CEOと同等の立場でものを言えるCDOがいて、両者が緊密に連携しながら動いていくしかない』と言われています。しかも、そのような体制をとったとしても、デジタルによるイノベーションの成功確率は3割程度だとさえ言われてもいるんです」

CDO Club Japan 加茂代表。201711月に一般社団法人として同団体を立ち上げた。

 3割という数字を知って、ネガティブな印象を持った人もいるだろうが、そもそも「経営を根底から変革する」のがミッションなのだ。容易なチャレンジではないことをあらためて思い出すべき。既存コア事業の頭打ちが先々見えている数々の大企業にしてみれば、「成功確率が3割だろうと、やるしかない」のだ。そこで、加茂氏に再度尋ねてみた。いったいどんな人物がCDOの適任者たり得るのかを。

「私は最近、インテルの元CEOであるアンディ・グローブが成し遂げた実績と、それを可能にした発想や取り組みについての本を書きました。スティーブ・ジョブズやイーロン・マスクなど、革新的な偉業を成し遂げた起業家は日本でも英雄視されていますし、昨今では『優秀な若者ほど起業を志向する』という、素晴らしい傾向も目立ってきました。しかし、そんな今だからこそ“インテル中興の祖”アンディ・グローブの存在を日本で紹介したかったんです。ジョブズやマスクほど知名度はないかもしれませんが、彼はインテルという会社が苦境を迎える中で変革を起こし、繁栄を築いた人。既存事業の成長鈍化に危機感を募らせる大企業の人たちに、ぜひとも知って欲しいと思いました」

 何もないところから事業と組織を起ち上げる起業とは違い、元からあった組織に喝を入れて変革を成し遂げる・・・すなわち第二の創業、セカンド・スタートアップを多くの大企業は目指している。そんな人々に加茂氏が知らしめようとしたアンディ・グローブは、半導体の専門家でも何でもなかったのだという。

「むしろ『無知の知』を自覚していたからこそ、社内外のあらゆるものに疑問の目を向け、ディスラプション(創造的破壊)を実行することができたんです。これからの企業経営を左右するはずのCDOもまた、そういう人物でなければいけないと私は考えます」

 単に自社の歴史や実績を否定し、破壊するのではなく、次なる創造に向けて破壊をしていく。その必要性が欧米では盛んに語られるようになり、日本のビジネス系メディアでもここ1年ほどの間に「ディスラプト」という単語を多く見るようになった。CDOは、この創造的破壊の提唱者となり、実行者にもなっていく人物でなければいけないと加茂氏。こうなると知りたくなるのは、内部の人材から選出すべきなのか、外部から招聘すべきなのかという点だが、加茂氏はこう答える。

「外か内か、という視点に正解はありません。企業が抱えている実状はそれぞれ違いますし、『デジタルによってイノベーションを起こす』と一口に言っても、何を目指すのかは各社で違ってきます」

 具体例として加茂氏は、CDO Club Japanに参画しているCDOを何名か挙げてくれた。ネスレ日本の石橋昌文氏(参照記事「ネスレ日本のCMOが実践するデジタル変革」)や、パルコの林直孝氏(参照記事「パルコが仕掛ける『店舗のデジタル化』が目指すもの」)、三菱UFJフィナンシャル・グループ相原寛史氏などは、もともと内部にいて、実績を見込まれCDOの役割を担うようになったという。一方、「JAPAN CDO of the year 2017」を受賞したLDH JAPANの長瀬次英氏(参照記事「デジタル化の本質は“お客さんを知る”こと」)は、InstagramやFacebook等で活躍した経歴の持ち主。資生堂ジャパンの亀山満氏は日産自動車でゴーン氏の改革を体感してきた人物。ベネッセホールディングスの榊原洋氏はボストン・コンサルティング・グループやアップル、マイクロソフトで活躍してきたキャリアの持ち主だ。

CDO Club Japan「Talent Map」。名だたる企業のCDOが参画し、相互に知見を深めている。(画像クリックでCDO Club Japan のサイトへ)

「実際にお会いしてみて感じた共通点は、『今のままではいけない』という危機意識を持ち、それを経営者と共有できるような人だということです。そして、大企業特有の論理をちゃんと理解できている人が多いというのも特徴的。闇雲に新しいことをやりたがるだけでは、決して大きな組織は動かないのだということを知っているわけです。外から来たからこそ、その会社の問題点を客観的に捉えることができる、というケースもあるでしょうし、内部にいたからこそ、自社の弱点を知り尽くし、部門を横断する場合の秘訣もわかっている、というケースもあるでしょう。どちらが正解というのではなく、いま挙げた2つの共通点を備えていて、なおかつ最先端の技術や知見を持っていれば言うことなしです。むしろテクノロジーに通じている人材を獲得して育てていく力のほうが重要だと思います」

 先進的なデジタル技術を活用してイノベーティブな事業を起ち上げ、なおかつビジネスとして育てていくからには、これまで採用してきた人材像とは異なる才能の持ち主や、新しい挑戦に意欲を燃やすような人材を結集する必要がある。そうした革新型人材をまとめあげるリーダー役というのもCDOの重要な役目である。

「デジタルに関心を持ち、スキルを得るために努力している人材や、新しい挑戦に情熱を燃やすような人材ほど、大企業ならではの保守的カルチャーや、既存のやり方に固執する価値観と出会うと、ガッカリしてモチベーションを下げてしまう傾向は強い。真っ先にやる気を失って辞めてしまうかもしれない。それではイノベーションなど起こせません」

 先に紹介したような名だたる企業のCDOたちは今、こうした課題とも取り組みながら、外部とのつながりも推進し、創造的破壊を実行しているというわけだ。

政府までもが積極的に後押しするデジタル改革。その背景にあるものとは? 

 CDO Club Japanには、先見性のある大企業などでようやく誕生し始めたCDOたちが集い、CDO Summitと呼ばれるイベントなどを通じて交流や意見交換を実施している。さらにデジタルによる事業創造や業務変革に関心を寄せつつも、その実行手法などに戸惑いを抱く企業経営陣も加わり、加茂氏らの助言や諸外国の事例、知見を得ようとしているという。

「特に歴史のある大企業は、これまで信じてきた理念とやり方で企業組織を構築し、実績を積み重ね、人材を育ててきました。それをセカンド・スタートアップによって一新し、次なる時代の屋台骨をイチから築かなければいけませんから、本当に大変なのです。しかも日本のデジタル化は周回遅れ。大急ぎで挑戦をスタートし、形にしていく必要もある。自社だけで孤軍奮闘するのではなく、国内外の他企業ともつながりを持ち、ノウハウを共有し、刺激し合える環境が不可欠だ、ということでCDO Club Japanも生まれました。一方、危機意識を高めているのは企業組織ばかりではありません。政府や自治体もまたデジタルによるイノベーションに期待をかけ、変化の促進を後押ししようとしています」

 加茂氏は「日本政府にしては珍しく本気を出し、積極的に取り組んでいるんですよ」と微笑む。経産省、総務省、文科省、財務省、内閣府などが「ソサエティ5.0」「コネクテッド・インダストリーズ」等の指針を提示し、2020年もしくは2030年に向けた「新産業構造ビジョン」を示したことは、報道でも盛んに取り上げられているが、単にビジョンを描くだけで終わることなく、加茂氏のもとにも政府から数多くの相談や打診が届くのだという。また、内閣官房の平本健二氏が行政CDOとしてCDO Club Japanに参画してもいるとのこと。

「政府は企業のデジタル変革を本気で加速させたいと考えているし、その方策を模索しています。また政府や自治体自身もデジタルによる変革を急ピッチで実現しようとしています。なぜ今回ばかりは本気なのかと言えば、表現はよくありませんが、お尻に火が点いているんです。背景にあるのは少子高齢化の進展や、自然災害の多発です」

 例えば、「若い労働力が不足する中で、いかに経済成長を維持するのか」あるいは「自然災害発生時にどこまで危機情報をリアルタイムで提供できるか」というように、今後の日本を支えていくための課題解決においても、デジタルへの期待値は大きい。すぐにでも着手しないと間に合わない、という危機意識が政府にあるから、企業の変革への後押しにも本気で取り組んでいるのだと加茂氏は説明する。

「問題は深刻。でも同時に、私はチャンスだと考えてもいます。世界に先んじて高齢化が進む日本が、その対策をデジタル活用で実現し、そこに民間企業のサービスも貢献していく成功事例を創り出すことができれば、その官民一体のエコシステムを今後高齢化していく諸外国へ輸出できるかもしれません」

 日本がデジタル先進各国よりもかなり立ち遅れているのは間違いない。だが、企業にも政府にもチャンスはまだまだあるのだと加茂氏は言う。その一例として、量子コンピュータが持つ可能性を挙げる。

「スーパーコンピュータの約9000兆倍の性能を持つといわれる量子コンピュータ。日本では昨年試作機が出来上がったばかりですが、すでに日本を含む世界中でこの量子コンピュータのビジネス活用や社会サービス活用が具体的に検討されているのです。デジタル化が進めば進むほど、ビッグデータは無限に拡大し、その分析や演算にかかる負荷も劇的に上がっていきます。いったいどこが量子コンピュータの活用を制するのか、という競争はこれから本格化します。遅れを取っている日本や日本企業ですが、この量子コンピュータのように世界各国と同じスタートラインから走り出せるチャンスはまだいくらでもあります。だからこそ、企業組織も行政組織もデジタルと正面から向き合うチームを設け、そのリーダーであるCDO人材を輩出・育成していくべきなのです」